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「ペット可」から「ペット共生」へ―人と動物が心地よく暮らす賃貸住宅の新提案

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2025.12.11

ペット可物件の需要が高まる一方、供給は追いついていない。しかし、騒音や傷、臭いといったさまざまなトラブルへの懸念から、導入に踏み切れないオーナーも多いのではないだろうか。

実は、飼い主の意識が大きく変化している今、旧来のペット対応は機能不全を起こしているという。動物と人の関係性をデザインする建築家の金巻とも子氏に、入居者に長く愛され、差別化につながる「ペット共生型賃貸」の考え方と、その具体的な手法について伺った。

「特別な設備がないとダメ」は、作り手側の思い込み

──はじめに、現在の日本のペットと飼い主を取り巻く環境について、金巻先生はどのような課題を感じていらっしゃいますか?

金巻:まず、ペットと暮らせる物件の数が圧倒的に少ないのが大きな課題です。そして、数少ない「ペット可」物件では、良かれと思って付けた過剰な設備によって賃料が上がり、むしろ飼い主さんを物件から遠ざけてしまっているように思います。

本来、室内でペットと暮らすのに、それほど大掛かりな設備は必要ありません。それにもかかわらず、ペット可にするなら特別な設備がないとダメだという作り手側の思い込みで、本当に大切な「ペットと飼い主にとっての暮らしやすさ」という視点が見過ごされがちです。

金巻 とも子(かねまき ともこ)氏 
かねまき・こくぼ空間工房。一級建築士。2000年頃よりペットとの住まい問題に本格的に取り組み、動物行動学に基づいた快適な空間設計を数多く手掛ける。単なる設備論ではない、動物と飼い主の豊かな関係性を育む「ペット共棲」の考え方を提唱。住宅設計のほか、ペットとの防災に関する啓発活動など、その活動は多岐にわたる。

──なぜ、入居者のニーズと実際のマンションの設備の間に、このようなミスマッチが起きてしまうのでしょうか?

金巻:やはり、ペット可といえばこれだろうという作り手側の思い込みや前例主義が大きいですね。しかし、この20年で飼い主さんの知識やマナーは格段に向上しました。室内飼育が当たり前になり、しつけや健康管理に関する科学的な情報も広く浸透しています。作り手側の古い常識と、成熟した飼い主さんのリアルな暮らしとの間に、大きなギャップが生まれてしまっているのです。

「ペット共生」の本当の意味とは。“防御”から“快適”への発想転換

──そうしたギャップを埋めるために、一般的に「ペット共生」という言葉が使われますが、先生はご自身の考え方を「ペット共棲」と住み方に焦点を当てた表現にされていますね。従来のペット対応とは何が違うのでしょうか?

金巻:従来のペット対応は、壁を傷つけられたらどうしよう、汚されたら困るといった“防御”の発想が中心でした。でも、それでは防御策ばかりで、家の中がつまらない空間になってしまいます。大切なのは、発想を180度転換し、犬猫も住み手であるとして、犬猫と飼い主、双方の“快適性”を高めてあげることです。

──快適性を高める、とは具体的にどういうことでしょうか。

金巻:私が最も重視しているのは、「住み手(人・犬猫)の使い勝手がよくなること」と、「機嫌のいい飼い主さんを作る」ことです。動物行動学的に見ても、動物たちにとって環境の8割は人、つまり飼い主さんなんです。その飼い主さんがいつも機嫌よく、リラックスしていれば、ペットはどんな家に住んでいても幸せなんですね。

犬猫に対しては、トイレなどの生活アメニティが、彼らにとって使い勝手のいい状態で整備されていれば、犬猫に失敗させません。これによって、人を困らせる事も減ります。

人に対しては、日々の掃除がしやすかったり、動線がスムーズだったり、暮らしの中の小さなストレスを空間設計で解消してあげる。

こうして、双方の負担を減らせば心に余裕が生まれ、犬猫はストレス行動が減り、破壊行動や不適切な排泄をしなくなりますし、人はペットを叱る回数が減ります。結果的に、オーナーさんが懸念するようなトラブルの防止に繋がるのです。

入居者に選ばれる「ペット共棲」プランニングの具体策

──では、飼い主さんとペット双方の快適性を高めるプランニングについて、具体的な工夫をいくつか教えていただけますか?

金巻:例えば、犬の無駄吠えはオーナーさんの悩みの種ですが、これはペットの「居場所」の配置を見直すだけで大きく改善できます。玄関の開閉音や廊下を通る人の気配が直接伝わらない落ち着ける場所に、メインの居場所を設けてあげるのです。居場所を変えてあげるだけで、無駄吠えのトラブルの半分ぐらいは解消します。

犬は猫と違って、お散歩行動という飼い主と一緒に外出する習慣があります。そのため、散歩に使うカート置き場や、犬の足裏メンテンのための台など、玄関周りに犬との外出・帰宅時の動作に対応した設えが確保できていると、快適で喜ばれます。

猫の場合は、安心・安全を担保する工夫が欠かせません。特に飼い主さんが最も恐れるのが、窓やベランダからの飛び出しによる迷子と、転落事故です。かといって、完全に締め切ってしまうと、猫にとって重要な日光浴や外気浴ができません。そこで有効なのが、バルコニー全体を格子やネットで囲い、窓を安心して開け放てる半屋外空間を作ってあげることです。

コミュニケーションを育む空間設計も大切ですね。ペットとの良好な関係は、無理強いからは生まれません。猫と触れ合いたいと思っても、自分から捕まえにいくのは禁物です。何をおいても「猫待ち」の姿勢が基本なんです。大切なのは、ペットの方から自然と人に寄り添いたくなる“仕掛け”を空間に作ること。例えば、キャットウォークを人がソファに座った時の目線の高さに設けることで、無理なく挨拶を交わす機会が自然と増えます。

日々のメンテナンス性を高めるアイデアも喜ばれます。特にニオイ問題の解決は重要ですね。猫のトイレは、収納の中に隠したくなりますが、隠してはいけないんですね。疾病予防のために、飼い主は猫の排泄の状態を日々で確認すること大切だからです。そして、狭い箱空間は猫には使い勝手が悪く、臭気もこもって不衛生になります。おすすめは、人間用のトイレなど人も入れる広さで、換気扇があって空気の流れがコントロールされている場所に、猫用トイレのスペースも確保することです。近年はこういった飼い主の個体管理の要望に応えた、猫の排泄を見守るスマートトイレも普及しているので、それに対応できるコンセントを忘れずに設置しておくと、入居者満足度は大きく向上します。

「ペット可」をビジネスチャンスへ。これからの賃貸経営に必要な視点

──最後に、ペット可物件を検討しているオーナーさんに向けて、これからの賃貸経営で重要になる視点やメッセージをお願いします。

金巻:過剰な初期投資は必要ありません。もし投資するのであれば、犬のお散歩行動に対応した玄関周りの設えや、床を滑りにくく、壁も犬の背の高さ程度は傷つきにくい素材に変えるなど、本当に必要なことに絞った方が、入居者満足度は上がります。また、新たな付加価値として「防災」の視点も重要です。災害時にペットと安心して在宅避難を想定した住環境は、他にはない大きな強みになります。

ペット、特に猫は環境の変化を嫌うので、一度快適な住まいを見つけると入居者は長く住んでくださる傾向があります。質の高いペット共生住宅は、それだけ長期的な安定経営に繋がるのです。怖がらずに、そこで生活することを願ってくれる素敵な飼い主さんたちに向けて、新しい一歩を踏み出していただきたいと思います。

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