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老朽化不動産の「もうひとつの選択肢」。シャトレ信濃町を再生した「リファイニング建築®」とは

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2026.05.15

東京都内では、多くの老朽化した賃貸マンションが建て替え時期を迎えている。しかし、建築費の高騰が深刻化する中、従来の建て替えでは事業性の確保が難しくなるケースが増えている。

そこで注目を集めているのが、青木茂建築工房が手がける「リファイニング建築®」だ。既存の建物躯体(以下「躯体」)を再利用しながら現行の建築法規制で求められる耐震性能を実現するこの手法は、建築コスト抑制、工期短縮、施工時のCO₂削減など、多面的なメリットを備える。

今回は、「リファイニング建築®」の提唱者である青木 茂氏、実際に「リファイニング建築®」で賃貸マンション再生を果たしたシャトレ信濃町のオーナーである芳賀 貴子氏、プロジェクトを支援した三井不動産レジデンシャルリース株式会社の清水 聡による対談をお届けする。

(左から)株式会社青木茂建築工房 会長 青木 茂氏 
株式会社ケーズコート 代表取締役社長 芳賀 貴子氏
三井不動産レジデンシャルリース株式会社 プロジェクト営業本部 清水 聡(取材当時)

建築費高騰の時代に求められる「リファイニング建築®」という選択肢

──まず、賃貸マンション業界で「リファイニング建築®」が求められている背景について教えてください。

清水 聡(以下、清水):昨今、都心部の賃料は大きく上昇していますが、同時に建築費も高騰しています。そのため、老朽化した賃貸マンションの建て替えを検討しても投資利回りが合わないケースが増えています。現在東京都内においては、災害時に救助活動や物資輸送の要となる、大通り沿いの建物の耐震化を促進しようとしていますが、それも建築費高騰によって十分に進んでいないという現状があります。

しかし、「リファイニング建築®」であれば、建て替えと比較して建築費を大幅に抑えつつ、新築に準ずる賃料設定が可能です。賃貸マンションオーナー様の資産価値最大化という面からも、社会的な要請の面からも、「リファイニング建築®」の必要性は高まっています。

また、「リファイニング建築®」は建て替えによって建物規模が縮小してしまう物件に、特に大きなメリットをもたらします。例えば、容積率・建ぺい率の指定変更や日影規制などの法規制が強化される前に建てられた建物は、現在の建築基準で建て替えると建物規模が大幅に縮小されてしまうことが多々あります。しかし、「リファイニング建築®」であれば、既存の建物規模をほぼ維持しながら再生できるため(※)、建て替え以上の事業性を確保し、オーナー様の資産価値を最大化させることが可能です。

※避難経路の確保など一定の要件を満たす必要があります。

──そもそも「リファイニング建築®」とは、一般的に知られている「リノベーション」とはどう違うのでしょうか。

青木 茂(以下、青木):リノベーションはもともと欧米で生まれた概念ですが、欧米ではレンガ造や石造が主流で、建物の骨組みである躯体が数百年単位で維持されることが前提にあります。

 しかし、地震大国である日本においては、単に表面を綺麗にするだけでは不十分です。建物を将来にわたって持続させるには、躯体そのものが現行の耐震基準を確実に満たすよう構造補強を施した上で、内外装や設備配管をゼロからやり直す必要があります。

 このような、構造レベルから建物を再生し、新築に準ずる価値を与えるアプローチを確立するため、私は約30年前に「リファイニング建築®」を提唱しました。

──「リファイニング建築®」という独自の概念は、どのような経緯で生まれたのでしょうか。

青木:40年ほど前、ヨーロッパを旅した際に古い教会や宮殿が美術館などに美しく転用されている様子を見て、「スクラップ&ビルドが主流の日本でも、これと同じ価値観を実現できないか」と考えたのが原点です。

帰国後、自ら4階建てビルでシミュレーションを行い、新築より3割も建築費を抑えられるという確信を得ましたが、当初の15年間は茨の道でした。「古い建物を補強して本当に強度が担保できるのか」という技術面への根強い疑念により、金融機関からは担保価値が認められず、融資も受けられない状況が続いたのです。

しかし、東京大学、東京理科大学、東京都立大学の3校との共同研究によって、解体して建て替える場合に比べて施工時のCO₂排出量を83%も削減できるといった科学的データを立証し、一つひとつ実績を積み上げてきました。

今ではこの環境負荷の低さと、建築費を抑えながら賃料を最大化できる経済性が高く評価され、社会的な信頼を勝ち得ることができました。

建て替えれば半分に!? シャトレ信濃町はどう再生したか

──シャトレ信濃町が「リファイニング建築®」を選択した経緯を教えてください。

芳賀 貴子(以下、芳賀):シャトレ信濃町は1971年に竣工した地上9階建てのマンションで、築50年を超えていました。耐震診断をしたところ基準を満たしていないことがわかり、長い間どうしようかと悩んでいたのです。

元の施工会社に相談すると、建物南側に鉄骨ブレースで補強しなければならないと言われました。外観は美しくなくなりますし、日当たりも悪くなる。もし建て替えるとなると、日影規制などの影響で9階建てが45階建てになってしまい、収益性が大きく下がります。困り果てていたときに、三井不動産主催のセミナーで青木先生のお話を伺ったのです。

──まさに運命的な出会いですね。

芳賀:本当にそのとおりです。この手法なら、法規制で半分に減るはずだった9階建てという規模をそのまま維持できます。工期も約1年と、解体から新築まで3年以上を要する建て替えに比べて大幅に短いため、賃料収入が途絶える期間を最小限に抑えられました。早期に稼働を再開できることは、経営面で非常に大きなメリットでしたね。

さらに、既存の躯体を活かすことでCO₂排出量を建て替え比で78割も削減できる。経済的な合理性と環境負荷の低減を両立できる、オーナーにとって悪いことが一つもない選択でした。

──清水さんはこのプロジェクトにどのように関わられたのですか。

清水:私は当時、三井不動産レジデンシャルリースから三井不動産の資産活用コンサルティング部署に出向しており、プロジェクト全体の収支計画策定や統制を担う立場でした。実務面では、三井不動産レジデンシャルリースの専門部隊と連携し、建物完成後のプロパティマネジメントやリーシングを見据えた商品企画に注力しました。

具体的には、三井不動産レジデンシャルリースが持つ膨大な賃貸マーケットデータに基づき、信濃町エリアの成約実績や需給バランスを精緻に分析しました。その結果、従来の「1フロア3室の大型3LDK」では現在のマーケットニーズとの乖離が大きく、空室リスクが高いと判断し、需要が最も厚い「1LDK2LDKを中心とした5室構成」への間取り変更をご提案しました。

青木:三井不動産レジデンシャルリースさんはその場所にどのような間取りが最適かという、精緻なデータを持っています。間取りの提案は、まさに彼らならではの分析で、面白かったですね。建築家としてのプランニングと、こうした客観的なマーケットデータのキャッチボールは刺激的で、納得感のある計画に落とし込むことができました。

──その提案にオーナーとして、不安はありませんでしたか。

芳賀:正直、最初は大きな心配がありました。50年もの長い間、ファミリー層の方々に支持されてきたマンションでしたし、周辺にもこれほど広い間取りの物件は少なかったので、強みを捨てることになるのではないかと不安だったのです。

ですが、実際に蓋を開けてみたらその心配は全くの杞憂でしたね。おかげさまで募集開始から非常に高い稼働率を維持できており、現在は空室リスクも抑えられた状態で、安定して運営していただいています。

デザインで蘇る、庭と緑がもたらす豊かさ

──「リファイニング建築®」を実施するにあたり、オーナーとして要望したことはありますか。

芳賀:唯一お願いしたのが、庭を残してほしいということでした。あの庭は私の祖父が作り、父が大切に守ってきた、家族の歴史そのものです。「1年を通じて、常に何かしらの花が咲いている庭にする」というのが祖父の思いでした。冬の水仙、梅、桜、そして初夏のツツジ。他社からは、収益性を優先して庭を潰し、駐車場にすべきだという提案もありましたが、この庭だけは守りたかったのです。

青木:その想いをお聞きし、エントランスに入った瞬間にデザインの構想が固まりました。手前にきちんと手入れされた和風の庭があり、奥にも美しい緑がある。しかし、以前はそれらが視覚的につながっていなかった。そこで、水盤をつくって2つの庭を映し込み、つなげることを提案しました。芳賀さんの守りたかった伝統的な庭を、水という要素で一つの魅力的な空間として再編したのです。

芳賀:「リファイニング建築®」のおかげで庭が残っただけでなく、水盤によってさらに美しさが際立ち、本当に驚きました。秋にはもみじが水面に映り込み、えも言われぬ風情があります。入居者の方からも「桜が咲きましたね」と声をかけていただいたり、お住まいでない方がふと足を止めて庭を眺めていらっしゃったり。建物強度や収益性能だけでなく、文化的・情緒的な豊かさも再生していただいたと感じています。

構造補強と設備刷新で、数十年以上耐えられる建物へ

──構造補強の面ではどのような工夫をされたのですか。

青木:構造補強については、建物の中央付近に耐震壁を効率的に配置する手法をとりました。これにより、南側・東側・西側・北側すべての方角で、既存の開放的な眺望と豊かな採光を確保できています。一般的に古い建物の補強といえば、外周部に無骨な鉄骨ブレースを露出させることが多いのですが、今回のプロジェクトでは構造補強が外部にまったく出ていないのです。

既存の躯体バランスを読み解きながら、居住性を犠牲にしない補強ポイントを見つけ出すことは難易度の高い作業でしたが、デザインと安全性を両立させるにはこれしかないという確信がありました。

その結果、適切な改修を施すことで、現時点からさらに数十年、あるいはそれ以上の期間は十分に耐えうることが客観的に証明されています。さらに、目に見えない部分である専有部・共用部の設備配管をすべて新品に入れ替え、エレベーター本体も最新モデルへ更新しています。

残っているのは厳選された「躯体」だけであり、居住性能や設備の中身は、実質的に新築と何ら変わりません。

新築賃貸マンションに準じた賃料水準と高い稼働率を実現

──収益面の成果はいかがですか。

芳賀:まず、賃料収入は明確に上がりました。間取りをマーケットのニーズに合わせて最適化し、部屋数自体が増えたことが大きな要因です。

そして、それと同じくらい大きかったのが、初期のキャッシュフローにおけるメリットです。やはり約1年という短期間で工事を完了できたことの恩恵は大きいものでした。

もし建て替えを選んでいれば、解体から新築工事が終わるまで少なくとも3年間は賃料収入が完全に途絶えてしまいます。その「無収入期間」を3分の1に圧縮できたことは、オーナーとしての資金繰りや経営の安定性において、大きな差となりました。

清水:周辺の新築物件を100%とした場合、シャトレ信濃町の成約賃料は93%〜94%という極めて高い水準になっています。一般的な築50年の物件であれば、新築物件の賃料水準から大きく低下することが往々にしてありますが、「リファイニング建築®」によってその常識が覆りました。

稼働率についても他の築浅物件と同等の水準を維持しており、退去が発生しても12カ月程度で次のお客様がご入居する、当社の管理物件の中でも人気物件となっています。

──リーシングも順調とのことですが、特に工夫した点はありますか。

清水:募集広告において、築50年超という表記は、賃貸ポータルサイトにおける検索時点で候補から外されてしまうという大きな壁があります。

そこで私たちは、仲介会社のご担当者様に実際に足を運んでもらう内覧会を何度も開催しました。デジタルな数字だけでは伝わらない「新築同様のクオリティ」を肌身で感じてもらうことで、仲介会社様が自信を持ってお客様に推奨できる環境を整えたのです。「リファイニング建築®」の仕組みを解説した専用のパンフレットも配布し、単なる古い建物の改修ではないことを周知しました。

芳賀:ご入居者の層も多様化し、活気に溢れています。以前は50代〜60代のご夫婦が中心でしたが、今は都心の利便性を重視する20代〜30代の単身者やDINKSの方々、そして外国籍の方もお住まいです。

庭を気に入って入居をお決めくださる方も多いようです。ビルに囲まれた都心において、緑を愛でられる空間は貴重なのかもしれません。

清水:実際、今もしこのマンションを取り壊し、更地にして新築を建てるなら、収益合理性を追求して、大事な庭は駐車場や共用ワークスペースに置き換わってしまうでしょう。こうした優雅でゆとりのある空間構成を維持したまま、新築と同等水準の居住性能へ引き上げることができる。それこそが、既存の資産の強みを活かし切る「リファイニング建築®」ならではの醍醐味だと実感しています。

「リファイニング建築®」の未来。より多くの建物を、次の時代へ

──最後に、「リファイニング建築®」の今後の展望をお聞かせください。

青木:建築資材や人件費の高騰が深刻化する現状では、投資利回りの観点から建て替えという選択肢を採ることが難しい物件がますます増えていくでしょう。これは都市の安全性を停滞させる社会問題でもあります。

私も77歳ですから、この「リファイニング建築®」の技術を自分たちだけのものにせず、広く社会に還元し、次世代へ繋ぎたいという思いが強まっています。現在、建築士会などと連携し、具体的な手法や実務ノウハウを体系的に共有できるプラットフォームの構築も準備しています。

芳賀:今後、大地震への備えがますます重要になる中で、耐震化が十分に進んでいないマンションはたくさんあります。特に分譲マンションは合意形成が難しいと聞きますが、この方法がもっと広まってほしい。「リファイニング建築®」では防音性能も向上していて、以前あった音のトラブルもほとんどなくなりました。本当に悪いことが一つもなかったので、ぜひ多くのマンションで採用していただきたいです。

清水:建築費が上昇する中で建て替えが進まない物件がある一方、「リファイニング建築®」という選択肢をまだご存じないオーナー様も多くいらっしゃいます。我々としても青木先生と一緒に実績を一つでも多く積み上げ、オーナー様に安心感をお届けしていきたいと考えています。

青木茂建築工房
シャトレ信濃町

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