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駅からの距離、築年数、設備、だけじゃない。街の「ナラティブ」で賃貸マンションを選ぶ時代へ

  • 賃貸市場

2026.09.24

これまで不動産業界における街の評価は、交通の便や商業施設の数、治安といった、その街が持つ機能で語られてきた。これに対し、LIFULL HOME'S総研が実施した「センシュアス・シティ(官能都市)調査(※)」は、別の視点から街を見る。その街で、人は何をして、何を感じたのか。そこで得られた経験から街の魅力を測る調査である。

※官能都市調査2025 … 全国の都道府県庁所在都市、および左記以外の政令指定都市、および中核都市に在住する20〜64歳までの男女を対象(有効サンプル数は4万4472)にインターネット調査を実施。調査実施時期は2025年6月9日〜6月24日。

尋ねるのは、「馴染みの飲み屋で店主や常連客と盛り上がった」「木陰で心地よい風に吹かれた」といった、きわめて具体的な体験の有無だ。2025年9月発刊の最新版では、全国167の都市・エリアがこの物差しで評価された。

駅からの距離、築年数、南向きなどのハードスペックが主な評価基準とされてきた賃貸マンションにおいて、「センシュアス度」は新たな物差しになるのか。島原氏に、賃貸市場のこれからとオーナー様が持つべき視点を伺った。

株式会社LIFULL / LIFULL HOME'S総研 所長 島原 万丈氏

賃料上昇が生んだ「外延化」「ずらし駅」。街の面白さが問われるように

──賃料上昇が話題になることが多いですが、島原さんは現在の賃貸マンション市場をどのように見ていますか。

島原 万丈氏(以下、島原):ここ最近の賃料上昇で、23区内、とりわけ山手線の内側あたりは、手が出しにくい状況になりました。

そこで顕著に現れている現象のひとつが八王子や大宮などの郊外へ出ていく「外延化」の動き。もうひとつが、人気の駅をひとつ「ずらす」という動きですね。例えば、武蔵小山は急行も停まって便利だけれども賃料が高いから、隣の西小山にする。そういう「ずらし駅」もまた需要が高まっています。

──「外延化」「ずらし駅」の対象となる立地であれば、ほぼどの街も選ばれる条件は横並びなのでしょうか。

島原:そこは少し違うと思っています。「外延化」と言っても、都心からの半径が広がれば選択肢も一気に広がるわけです。どこでもいいわけではない。

そうすると、街がどれくらい面白いかということになってきます。その典型が湘南エリアですよね。リモートワークもできるし、必ずしも都心近くに住まなくてもいい。そう考えた時に、海辺の空気感や、他の街にはない文化的な魅力が効いてくるのです。

「ナラティブ」とは、その街での個人の物語

──『Sensuous City[官能都市]2025』では、街の「ナラティブ(物語)」に着目されています。研究対象として、ここに目をつけられたきっかけは何だったのでしょうか。

島原:10年前の調査で、センシュアス度の高い街に住んでいる人ほど、生活の満足度や幸福度が高いという傾向が出たんです。

そこを突き詰めていったときに、何かあるんだろうなと思いまして。なにしろ、センシュアス度の高さとは、食べたり飲んだり、おしゃべりしながら買い物したり、散歩したりのような行動の多さで測っているだけです。そこで考えたのが、そういった経験の蓄積がもたらす自分なりの「場所性」というか、自分にとっての「この街の意味」があるのではないか、ということでした。それを表す言葉として、ナラティブ(物語)という呼び方がいいだろうと。

──客観的な街の歴史やイメージとは、別物だということですね。

島原:私が講演でよく使う例え話があります。「文京区にある、菅原道真を祀った神社」というのは、客観的なストーリーであり、ヒストリーです。

一方でナラティブは、「あそこで子どもの頃よく遊んだ」「七五三もあそこだった」「梅が咲くと春が来たと思う」といった、個人の経験や記憶として語れるもの。こういうものが街にどれくらいあるか、ということですね。

行きつけのお店が、単に焼き鳥屋だという以上に、「大将の機嫌がいいと一杯出てくる」とか「地元の常連客といつも会話が盛り上がる」というような思い出がたくさんある。それが積み重なって、その街が自分の街になっていくわけです。

──チェーン店ばかりの街と、個人店が多い街とでは、後者のほうがナラティブは生まれやすそうですね。

島原:そうですね。チェーン店だと全国どこでも同じオペレーションなので、その店ならではの固有の経験はないですし、自分とそのお店の関係も匿名の関係になりますよね。

もちろん、街に面白さやナラティブを求める人たちだけではなく、割り切って「寝るだけの街」という選び方をする人たちもいます。タイパ・コスパの時代ですから、その発想自体は否定しません。ただ、最近は何かしら特別な経験ができることを求める人たちも、増え始めているように感じます。

センシュアス・シティ・ランキング(『Sensuous City[官能都市]2025』より抜粋)

「ナラティブ」は、時間を味方につける

──生活者の意識が変わったという実感はありますか。

島原:コロナ以降、特に東京のような大都市ではリモートワークが週に2回、3回と定着し、圧倒的に家の周りで過ごす時間が増えました。そこで「あれ、よく考えたらこの街、何もないな」と気づいた人は多いと思います。逆に「商店街に買い物に行ったら楽しかった」という発見をした人もいたはずです。

──だとすると、これまでの賃貸住宅の常識で、駅からの距離や築年数などのハード面ばかりをアピールしていると、生活者との間にギャップが生まれかねませんね。

島原:今でも、生活者が最も重視するのが、立地、築年数、設備などのハードスペックであることは変わりません。ただ、ハードスペックでの競争には、終わりがありません。これが業界の大きな課題です。スペックという「客観的な条件」だけで勝負し続ける限り、常に最新の物件に追い抜かれ、競争に勝てなくなるからです。

10年前に最新だった設備も、今では「古い」と見なされてしまう。そのたびに改修費を投じ、それでも勝てなければ家賃を下げるしかない。これでは、オーナー様は永遠にコストをかけ続けることになります。

対照的なのが、街との関係性や住人同士のコミュニティです。ハードスペックは『消費されるもの』ですが、コミュニティは「育てるもの」。住む人が増え、街との関わりが深まるほど、その場所には独自のナラティブが生まれます。それは時間が経つほどに価値を増し、他にはない魅力として定着していきます。時間経過と共に価値が目減りするハードとは違い、コミュニティは時間が味方になるのです。

街が面白くなることが、賃貸マンションの価値になる

──オーナー様や事業者は、そこにどう向き合うべきでしょうか。

島原:商店街のお店が閉店してマンションになり、そのマンションによって商店街が分断される、という光景がありますよね。これをやるとだんだん街から活気がなくなっていくわけです。その街だからこそ住む意味があったものを、自分たちで削っていることになる。

住むほどに愛着が増していく物件は、作れるんですよ。例えば、1階にコミュニティの場を作ることで、上階の住戸の価値にも効いてくる。こういうやり方が面白いと思っています。

寂しかったら下にコーヒーを買いに行って座っていれば、誰かがやってくる。同じマンションの人や近所の人とそこで会話が生まれれば、それがナラティブになっていくわけです。

そう考えると、マンションを建てるときには、街に対してどういう効果をもたらすのかという視点を持てるといいですよね。街のためになっているか、街が面白くなっているか。それは巡り巡って、そのマンションがうまくいくかにつながっていきます。

──最後に、これからの賃貸マンションのあり方について、展望をお聞かせください。

島原:これからは、ポータルサイトの検索条件に入らない価値にも、目を向けるべきだと思います。検索条件は、どうしても客観的なものでしかありません。徒歩5分か徒歩10分か、築何年か、何㎡か、南向きかどうか。主観的な「ナラティブ」につながる要素は、そこには入ってきません。

でも、例えば駅から十数分歩くけれど、北側に大きな森のある公園がある物件があったとします。「窓から何が見えるのか」という軸であれば、駅近物件との優劣は逆転します。だったら、マンションを設計するときも、南向きにこだわらずに北向きに開けば、森の緑を取り込むようなリビングを作ることができます。その部屋で森の緑を眺めながら暮らす時間の質は、ポータルサイトでは検索できません。なぜならそこにあるのは、緑を愛でる私の主観や感性だからです。ポータルサイトでは表現できない価値をいかに発掘し、または作り育てていけるかが重要になるのではないでしょうか。

一度建てたマンションは、5年10年で簡単に建て替えられるものではありません。だからこそ中長期でその街のためになる選択をする。そういう志を持ったオーナー様が増えていくと、街もマンションも、もっと面白くなっていくはずです。

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